飛鳥学院 番外編

□関係ディリューション
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コンビ
(コンビネーションの略)組合せ。
また、二人組。


『関係ディリューション』


「だから、違うんですってば」

偶々焼却炉にゴミ捨てに来て、聞こえた声にうんざりした。
声の主に、ではないのだけれど、この手の話題は正直腹いっぱいだ。

本人曰わく、ああ、もう何回目?とこっちが聞きたくなるらしい。俺も同様。本当に迷惑だ。
それは何度も訊かれる質問。繰り返す文句はいつも同じ。

壁の影から覗くと、赤目の従弟は心底困った顔で女生徒を宥めている。多分、先輩なんだろう。

悪魔みたいな笑顔で大人を手玉にとるアイツも、流石に女に泣かれるのは困るらしい。放っておいても上手くやるだろうから、俺は手出しなんかしないけれど。
俺の為の断り文句も考えるくらい達者なんだから。

その質問は稀に冗談混じりに、そしてさっきみたいに半ばヒステリックに訊かれる。

『橘君とシャマナ君ってどういうご関係なんですか?』

この名前は入れ替わったりもする。
オレと太子だったり、オレとアイツだったり。
従兄弟ですけど?
本当にただの従兄弟ですけど?

アイツも苦労してるんだな、と思うのはそういう時でもある。要らん苦労はいくらでも背負うせいか、ささやかなトラブルはすたっと交わす。

それでも随分やられたらしくて、ほうほうの体で帰ってきたのはそれから約十分後。

「つかれた…生きるのに」

「ええ?!
 閻魔どうしたの?」

生徒会室に戻った途端に鬱になっている閻魔を、太子が後ろから抱きついて慰めている、らしい。

普段ならこの構図は逆だ。いろいろしでかしまくるくせに、変に打たれ弱い太子を閻魔が慰めているというのはよく見かける。逆は結構珍しい。

どちらかというとコイツは立ち直りが早いからかもしれない。すっかりヘコんで額をテーブルにつけているなんて、珍しすぎるくらいだ。

「気にすることねえんじゃねえの?」

「オレは気にする質なのー」

だろうな、と思う。
一時期グレたのも結局はそこが問題だったのだから。
うらみがましく上目遣いをする赤玉。

やれやれって奴だ。
お互いに言いたいことは一緒。揃って溜め息を吐いてみるなり、太子がガバリと身を起こす。

「なに?
 二人で私に黙ってイタズラ計画か?!
 クソぅ、いつからそんなに仲良しさんになったんだ!」

「違う違う」

二人で口を揃えても、太子がへにょっと萎れた。
すぐフォローに入れるようになったのは、つい最近。今ではすっかり保護者としての立場は逆転している。

太子は多分、自分についての噂なんぞ気にしないだろう。それどころかきっと知らないだろう。
コイツなら、自分と閻魔にどんな憶測が流れていても「私と閻魔は仲良し!」で片付けるだろう。
まあ、本来はそれでもいいのだろうけれども。

「太子ー、オレたちは清く正しく仲良しさんだよね?」

「当たり前じゃん!」

何を今更、といった調子で太子は大らかに笑う。
そういえばこの太子が閻魔の頭に顎をのせているポーズ、小さい頃よく見られたものだ。

デカくなったもんだ。

「じゃあ、吃驚しないで落ち着いてきいてね」

「なになに?深刻だな」

「オレと太子がね」

「うん」

大仰に頷くと、揃いの髪飾りがぴょこぴょこ揺れる。
男同士でお揃い〜なんてやってるからそういう噂が出るんだろう。逆になんで気付かないんだ?と、言いたくなる。

「恋人なんじゃないの?って噂があるの」

「マジで?」

「マジで」

口を揃えて言った言葉に、反応すること十秒間。

うわっ…怖っ。
黒目だけで笑ったよ、コイツ。
怖すぎるったらない。どうなってんだコイツの両目。

「た、太子?」

「うわっ、ヤバいぞこれ、目めっちゃ痛い。新技なのにっ!」

「今それをやる意味がわかんねえよ!」

わかんねえ!
本当にわかんねえ!ガキの時からだから、今更だけど。
痛がっていた目をこすりこすり、太子は立ち上がる。

「いっそ、『結婚しました!』って生徒会新聞に出すか」

「火に油だっての!」

「燃え上がれ燃えまくれっ!」

「全焼するっつーの!」

閻魔なんかもう、ぐったりしている。
まあ、コイツも冗談混じりに言われる程度なら適当に流すだろう。けれども、ああいう告白の場面に太子が出てくるのは気詰まりなんだろう。端っから断る気でもいても当然といえば当然。

んーと唇に指を当てて、太子は上を見上げる。

「私、女の子だったら竹中さんのところにお嫁に行くけど、閻魔が女の子だったら絶対貰う、お嫁さんにする」

「それはどうも」

どうやらさっきの先輩は随分と手強かったらしい。
体力がないのはいつものことだけれど、太子に抱きついてぐったりを続けている。
俺はコイツらが間違ってもそういう関係に成り得ないのは知ってる。だけれども、傍目から見れば、まあ、ねといった感じだ。

どうして俺まで巻き込まれるのか疑問だけども。

「あー、なんかムカムカしてきた腹立つなあ、もー」

珍しく、イライラしながら言う。親父だったらアイスキャンディが要るだろう。

「ムラムラじゃなくてか?」

「アホッ!
 この場合ムラムラしてたらおかしいだろうが…文脈的に」

話を聞け、話を。
そして覚えてろ、せめて五分間くらいは聞いててくれ。世の中のために聞いててくれ。
その願いは絶対に届かないと知っているのだけれども。

「もう、お家帰りたい…」

切なそうに溜め息を吐く従弟の肩を叩く太子。それだけ切り取ればほほえましい図。

「よし帰ろう!」

ノリよく受け答え、さっさと閻魔のトランクを手にする太子。ちなみに自分は常に手ぶら。

「お前らな、いつまでもそんな小学生みたいなノリでいいのかよ。生徒会の仕事はどうする気だ?」

「全面的に放置プレイ!」

そういうことを言ってるから勘違いされてんだよ、気付け!っていう本音は隠しておく、面倒だし、どうせ聞きゃあしないんだ


**


「それならさ、いっそ付き合っちゃえば?」

というと閻魔君は頭をテーブルにゴンと打ちつけてしまいました。
私も続けてゴンといきます、否、単に叩きつけられたってだけだけど。
固い固い卓袱台は頭を打ちつけるのには不向きだった。

「ちょっ曽良君、なにするのぉ!
 この非道教師!略して非師!校内暴力反対っ」

っていってもここは私の部屋だけども。一応、書き方の指導中なんだし、教室ってことでいいじゃん。細かいことはなし。

「生徒の悩み相談も出来ないような教師は断罪されてしかるべきです」

涼しい顔の曽良君は、ずずっとお茶を啜った。
断言しちゃったよこの人は!そりゃあ…答えらんなかったって言えばそうだけども。逆に何を答えろってのさ。

「それにしても、付き合うってさあ、具体的に何するんでしょーね?」

と何やらお絵描きをしていた太子君が言った。なんかちっちゃい頃と本当に変わんない。それがいいのか悪いのかはよくわからないけれど。

「さあ、私もよくわかんないなあ?
 曽良君ならどうする?」

先ほどのお返しに話を振っても、涼しい顔に曇りなし。

「聞きたいですか?」

ギランと殺気。
なんか猛烈に聞きたくない。

「…遠慮します」

後が怖いっていうか未成年にはお聞かせ出来ないようなとんでもない話が出る気がしてならない。
まだお日様は沈みきってないんだから。

全体的にR指定確実。猟奇的な路線確実。未成年の前ではご遠慮願いたい。
教育者としては、絶対に話を逸らさなければ。

「閻魔君って、前は彼女いたよね?」

「いましたよー、一応いくとこまでいきましたけども。
 あんまりいいもんでもないです」

……藪蛇。
ツッコミどころに困る話だ。最近の子恐るべし。
君たちまだ高一なんだよね?ええー?
そりゃあ、二人共綺麗な顔してるけどさ、それはちょい行き過ぎじゃないの?

太子君はキョトンとしてる。そういえば、私が知る限り、太子君の方は彼女いたことないんだった。
閻魔君ったら、昔は人見知りさんだったのに……時の流れって残酷だ。可愛いおちびちゃんだったのに。

「そーいや閻魔ぁ、なんで別れたんだっけ?」

「んー、こないだの子は『あたしと家族とどっちが大事なの?』とか言い出してさ。
 悪いけど、そういう質問されると一気にさめちゃうんだよね。どっちが大事ーとかどっちが好きーとか、較べるのは間違ってるじゃん」

正論でした。
まあ、私も訊かれたら困るけども。まあ、まずいなかったし。いたことないし。……高校生に負けた。

「僕なら恋人ですけどね。
 あっさりさめてしまうなら、そんなに好きでもなかったんでしょう」

曽良君、涼しい顔して、意外にロマンチスト!
その割にずずっと静かにお茶を飲んでる。何とも言えない。

「そうですね」

閻魔君、あっさりと肯定。曽良君に倣ってちびりとお茶を飲んだ。
この子、こんなにドライな子だったのかしら?ちょっと首を傾げて考えてみる。
結構義理堅い子だったんだけども、恋愛は別腹?
っていうか、家族イコール太子君だよね?
較べられないくらい大事なんだってことはよく知ってるんだけど、そろそろ自立した方がいいんじゃないかなあ。

「付き合うってさ、細かいとこ省けば、一緒に出かけたりとか、四六時中一緒にいるってことじゃん」

「じゃあ、私と閻魔って付き合ってんのと一緒じゃん」

「そうなっちゃうんだよねえ」

四六時中一緒にいる。うん、確かに君たちは四六時中一緒にいるし、お揃いの靴履いて、お揃いの髪ゴムまでつけてる仲良しさんだしね、言われてみれば付き合ってるのと変わんないかもしれない。

「あ!
 ちゅーまでいったら、付き合ってるってことにならないかな?」

松尾ナイスアイディア!だって友達同士はちゅーしないもん。

「日本語は正しく使いなさい」

「フレンチキッスっ」

殴られました。全力の殴打。
ひーん、ケータイでもちゅーって打つとキスマーク出てくるんだぞ!曽良君のアナクロ!時代遅れっ。

という大きな本音を隠す私。
これ以上断罪チョップくらったらモアレ検診ひっかかっちゃう!

「フレンチキスってさ、実際軽いもんじゃないって太子知ってた?」

「えー?
 ほっぺちゅーのことじゃないの?」

閻魔君がちょいちょいと指で太子君を呼び寄せる。肩肘ついて男前なポージング。
お二人さんなんで近寄ってんの?

「……」
「!!」


あ、なんか濃厚に。唇を触れ合わせて、あっ開かせた。危険なピンク色が見える。手なんか添えちゃってもう、曽良君もこれくらいの優しさがあったらいいのになと思っちゃう。

そうなんだよね、フレンチキスってディープなやつのことなんだよね?
にしても手慣れてるな、手際よすぎるよ。末恐ろしいにもほどがあるよ。うーん……、つっこめない。口に出してはいけない気がする。

「…はい、今のがフレンチキスでした。お粗末様」

「閻魔、今日はレモン味だった」

ほんわかと言う太子君に対して、閻魔君はグロッキー。

「太子はいつでもカレー味…」

うん、レモンはわかるけど、ちゅーがカレー味ってなんかイヤだな。もしも曽良君がカレーだったらかなり駄目だ。洗面所に直行させたくなる。

「つまり接吻くらいなんとも思ってないと、そう言いたいんですね?」

「そういうことでした。お休みのちゅーとかするしな」

恐るべし仲良しコンビ!
そっかぁ……、私はマーフィー君となら抵抗ないけど、曽良君だと違和感バリバリなのになあ。
うん、なんで曽良君とちゅーしてたのか飲み込めないことの方が多い。

「ヤってなきゃいいんじゃないですか?」

「なるほど!」

ポンと手を打った二人。タイミングまでピッタシ。
そういう問題じゃあないと思うんだけども。

「いっそ付き合っちゃえ、よりはマトモな結論だと思いますけど?」

「……ソウデスネ」

サラッと言いきる曽良君。
私はこの後、いっそ付き合えって言われるんだろうなあ…。松尾バションボリ。

***


「…っていう経緯があるからキスまでOKになっちゃったんですか?」

うんと二人はほぼ同時に頷いた。
小野のこめかみがピクピク脈打っている。まあ、僕も感想は同じだ。

「常識を考えろっ!」

揃った声に、二人は揃って顔をしかめる。

「そんなにガミガミいうことないだろっ」

「飴あげただけなのに、ねー」

「ねー」

頭が痛くなってきた。なんというかあれだ、話が通じない奴って最強だ。

飴というのはあれだ。何袋かに一個しか入ってないとかそういうの。
大王が口に入れてから会長が欲しい欲しいと騒いだから、その……口移し、したってわけで、二人はさも当たり前のような顔をして一連の作業を行っていたんだけども。

こっちはそうもいかない。

「いいだろ、飴くらいで騒ぐな妹子」

「騒いでたのはあんただけです!」

キッパリという小野も耳まで真っ赤だ。
かく言うこっちも相当マズい。
どうしよう、夢に出るかも……、寮生活はこういう時に困る。だっ……って!違う違う!今のもなしっ!

天然っていうか、二人にとっては習慣だろうけど、僕らにとっちゃ異常事態だ。
キスなんて可愛い言葉じゃ済まないほど濃厚な接吻。フレンチキッスとでもいうしかないような、だって完全に抱き合ってたし。

「安心しろ、妹子。
 私と閻魔は最強仲良しコンビなだけだから、ねー?」

「ねー」

二人はぱあんっと互いの手をハイタッチ。何を安心しろってんだ。

僕はグッタリしていた小野とアイコンタクトを交わす。
今夜のことはいろいろ不可侵。



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