16日目:
切れた煙草を買いに出かけ、いつもの空気に触れた。
けれども、家に1人残した存在が嫌に気になって仕方が無かった。
取り敢えずの食料を早めに購入し、帰宅するとどこか違う雰囲気が漂っていた。
嫌な予感が当たったかと、急ぎで部屋を見渡すと「おかえりなさい」と微笑を向けるあいつが台所に立っていた。
「すみません、つい気になってしまって」
あははと笑いながら手に持っていたスポンジから泡が垂れる。
暫くの間放置していた台所とシンクが、本来の輝きで満たされていた。
台所のみならず、この短時間で隅々までキレイにされている。
「あの、缶は灰皿にしないほうが良いかなぁと思うんですが」
「・・・おう」


何様どころじゃない。
アンタ何者?



17日目:
せめてものお礼に、家事くらいしかできないが何もしていないよりは気が楽だった。
悟浄さんが帰ってきて勝手にやるなと怒られる覚悟を少しは持っていたのだが、逆に唖然とさせてしまったようだ。
ゴミの分別も今日は済ませてしまうと、こういうのはやらなくてもいいからと焦った様子で苦笑していた。
見られたくないものでもあったのだろうか。
男の一人暮らしだろうし、何が出てきても別に気にはしないが。
生活に踏み入り過ぎてしまったのかと・・・少し反省をした。



18日目:
町では既に噂になっていた。
とはいえ、ごく一部間での噂だけれど。
俺が男を拾ったと、酒場ではその話題で持ちきりだったそうだ。
最近顔は見せてねェし、そういう会話もしていない。
どこから情報が漏れたのかと考えると、俺が呼んだ医者が口を滑らせた他考えつかなかった。
ほんと、俺を含めてロクなヤツがいねぇ。
そんな事を、暇つぶしに話したらクスクス笑いながら「すみません」と謝られた。
別に、気にしちゃーいねぇんだけどよ。



19日目:
だいぶ自由に身体が動くようになり、お茶やコーヒーを悟浄さんの代わりに淹れるようになった。
あまりそれは気にしてはいないようで、安心する。
食事もあまり味気がないだろうと、台所を使わせてもらい2人分の食事を作った。
「へぇ、作れるんだ」とテーブルから煙草を吸いながら様子を見ていた。
僕は少し嬉しくなって、思わず腕を鳴らしてしまった。
手の込んだ物は作らないようにと思っていたのだが。
他人に自分の料理を食べて貰うのも久しぶりだったからか、とても満たされた気分になった。
悟浄さんも驚きながら「うまい」と言ってくれて、顔が綻びそうになる。
花喃も僕の料理は、笑顔で食べてくれたっけ。


もう、2人で向き合っての食事も叶わないだったと気づかされる。
腹部の傷がズキリと傷んで、その場に少しの間座り込んでしまった―――――



20日目:
男が目を覚ましてから、少しの間だったが家の雰囲気がガラッと変わったようだった。
確かに毎日掃除洗濯をされていては、空気も違うだろう。
あいつなりの感謝なんだろうけれど、正直違和感は拭えない。
でも少しだけ暗い表情が緩和されている気がして、あまりやめろとは言えなかった。
しかし身体に限界まで無理をさせるタイプのようで、目を離せないことだけが迷惑だった。
どうしてそこまでと問える訳でもなく、ただこの薄幸美人の困ったような微笑が目に焼き付く。



21日目:
どうしてこんなにも世話をやいてくれるのかと、ふと会話の中で呟くと「わかんねぇ」と後頭部を掻き毟る。
それ以上僕は何も言わずに微笑むだけ。
だいぶ動けるようになって、そろそろ外の空気を吸いたいと思った。



22日目:
家の周りを散歩したいと、男はそう言ってここに来てから始めて外に出た。
物珍しい風景でもないのに、周りの木々をただずっと眺めている視線。
少し風が冷たくて、腕を摩りながらゆっくりと歩く。
別に俺が付き添う理由もなかったのだが、念の為付き合って隣を歩いた。
進む地面を眺める横顔は、何かに別れを告げる時の表情に似ていた―――――



23日目:
入浴する際に目に飛び込む腹部の傷は、見慣れる物ではなかった。
まだ過度に動けば、傷口は開いてしまうだろう。
失った肉の再生はまだ中途半端で、皮がなんとか繋がっているようにも見える。
時々来ていた医師も、抜糸はまだ早いと言っていた。
悟浄さんには、もう少し迷惑をかけてしまいそうだ。



24日目:
フラッと酒場に行けば、どうしても最近はどうしたのと質問責めが絶えない。
女はどうして、耐え兼ねる言葉を浴びせたがるのか。
別に女や他の常連が悪い訳じゃねェんだけどよ。
気分転換をしに行っているのに、そういう話をされると家に置いてきた病人が気になって仕方がなくなる。
言葉責めに耐えるのが面倒だけじゃなく、俺がツレないのはそういうことなんだろう。
ここ最近は日付が変わる前には、家に戻っている俺がいた。



25日目:
時々夕方から姿が見えなくなることもあったが、深夜には戻ってきていた。
多分こういう人なんだろうと思ったけれど、玄関のドアを閉める音は若干苛立っている。
(もう少し、もう少ししたら―――――)
ズキリと痛む腹部の傷と相談をして、近いうちにこの人を開放してあげなければ。
その時はきっと、僕も後悔もなく去れる筈。



26日目:
「地獄に堕ちることを望んでいたんです」

と穏やかな顔で、後悔をこの男は茶を啜りながら語った。
愛した相手が血の繋がた奴だろうと、口を挟めるような立場じゃ無い。
ただこいつも俺も、掴めるはずも無いモンをただ見ているだけだ。
失ったことを自分のせいにして責めているのは、俺自身を見ているようで―――――


愛情ってどんなだ。
欲しかねぇけどさ別に。



27日目:
僕についても、案外噂になっていると聞いた。
なんでも僕を探している人物がいると。
指名手配されてもおかしくない罪を犯している。
追われるのは、何も不思議ではない話だ。

でももう少し、待って欲しい。
あと少しだけ本当に少しだけ、覚悟を決めるだけだから。



28日目:
最初に来た時の顔よりも、どこか腹をくくった表情をしていた。
まだ傷の心配はあるが、医者も心配ねぇって言ってた。
だいぶ家の中も庇う様子なく歩き回っては、綺麗にされるのはたまったもんじゃなかったけどよ。
今日も酒場に出かけてみたが、やはり気になって結局はツレない俺。
正体不明の胸のザワつきが、ここ数日から拭えないでいた。



29日目:
「またカード勝負に付き合ってくれませんか?」
そう言って暇つぶしにと、僕は悟浄さんをテーブルに向かわせた。
お前強いから嫌だと、露骨に顔に出ていたが面白いのでそのまま付き合ってもらった。
最初の手札はまずまず。
「2枚」
「僕も2枚」

悟浄さんは来たカードが良くなかったのか、眉を曲げていた。
今日はやたらと顔にでる。

「だぁめだ、ツーペア」
「フルハウスです」
やっぱりと言いたそうな顔で、口元を尖らせている。
この後3回勝負をして、僕が2勝で終わった。

「お付き合いありがとうございました」



30日目:
だいぶ日も落ちた時間、今日は酒場にも行かずに家で俺は過ごしていた。

「―――悟浄さん」
ゆっくりと、部屋から出てきた声色で直ぐに出て行くのだと分かった。
出て行く前に、少し話したいと対面する形で椅子に座る。
復讐と感謝とを色々と述べ、まっすぐ男は俺を見た。

「悟浄さんのその髪と眼が僕には―――――血の色に見えたから」
思わず目を見開いた俺に、更にこいつは戒めだと言い放った。
驚きも一瞬で、「そっか」と俺は声をかける。
玄関へ向かう背中を眺めながら、胸の鼓動が高鳴っていた。
このまま行かすのか。
この一瞬で生まれた期待を、このままにしておくのか。


『血の色』


「―――――なぁ」
緑色の瞳がこちらを再び見つめる。
「名前、教えろよ」


「・・・僕は――――」










2014/5/8 58days


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